産婦人科ヒストリー

産婦人科の歴史は、どの国でも他の医療科目と比べて、浅いものになっています。

なぜなら、産婦人科はもともと医療の分野ではなかったからです。

特に産科という出産にかかわることについては、医療の範疇に入ってきたのは西欧でも18から19世紀に入ってからとなるくらい、新しい医療の分野になります。

なぜ産婦人科は医療ではなかったのかというと、出産は医学によってコントロールされるものではなく、お産婆さん、今で言う助産師さんが出産を手伝う方として存在しており、正常で一般的な出産はお産婆さんが行なうもので、医学の力を借りるのは、帝王切開などの外科的処置を必要とする場合やその他何かしらの危険が伴うことが明らかな場合だった時だけだったからです。

それまでは、お産婆さんが出産のお手伝いをするうえで、何らかの原因により赤ちゃんもしくは母親が亡くなってしまうことは、仕方のないこととされていました。

そのため、出産は女性にとって命がけの出来事だったわけです。

それが、この鉗子の出現により、それまで産道を通ることができなくて難産もしくは死産しか方法がなかった赤ちゃんが、生まれて来るようになりました。

このことは、女性にとって非常に画期的なことで、とてももてはやされることとなりました。

産婦人科は子供を授かる大切なところです。安心して産める産婦人科を選びましょう産婦人科

自然出産から医学出産

そしてこの頃から、出産により女性や赤ちゃんの死亡をもっと減らすことはできないかということで、徐々に出産がお産婆さんによる自然の営みから、医学が出産をコントロールする産婦人科へと変化していくことになります。

続いて起こった出産における大きな変化は、分娩台の発明です。

分娩台が発明されることで、より出産が女性が出産しやすい体勢から出産を手伝う人が手伝いやすい形になるようになりました。

それは、医学の介入が大きくなってきたということを意味しています。

帝王切開が増え始めたのも、この頃だそうです。

こうして出産がお産婆さんの手を離れ、病院で行うというものになってから、産婦人科は出現し始めました。

日本においては、第二次世界大戦後、GHQによる統制が行なわれている時代に産婦人科が出現し始めたといわれています。

その頃には欧米では、出産は病院の産婦人科で行うということが一般的になっていました。

そこで、まだ日本では家庭でお産婆さんによって出産が取り扱われていたのですが、GHQによる健康管理のもと、もっと赤ちゃんと母親にとってリスクが低くなる方法をとるようにという指導が行なわれ、産婦人科の出現にいたったわけです。

出産がお産婆さんによって行なわれている頃は、出産に立ち会うのは女性のみでした。

しかし産婦人科の出現によって、出産は男性医師も行なえるようになり、今では女性の労働環境がまだ整備されていないということも影響し、産婦人科の男性意思による出産というのが一般的になっています。

確かに、お産が医療の分野に組み込まれるようになって産婦人科が出現してから、非常に死産も減り、母親も出産により命を落とすということが少なくなりました。

特に帝王切開の技術が上がったことは、産婦人科での出産の方がより安全な出産が可能ということになり、妊婦さんたちはほとんど、産婦人科へと通うようになりました。

今では、妊娠したら産婦人科へ行くというのが主流で一般的な方法になっていますが、その歴史はまだまだ短く、それよりも長い歴史を持っているのは助産師さんによる出産なのだということを念頭に置いておくのも、よいことだと思います。